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えちからどっとねっと

Cm(シーマイナー)

「私、そろそろ寿命かな」 目の前で机に座っていた少女は、そう言った。きっかけなどなく、突然。「ど、どうして?」 戸惑うのは当然だ。そんな衝撃的な言葉を唐突に言われ、普通にしていられる人はなかなかいない。「何となく」 特に意味もなく、感じたことをそのまま口に出したのだろう。でなければ、こんなことを言うはずがなかった。「そんなこと、軽く言っちゃいかんよ」「軽くなんて言ってない。数日前からずっと、感じてたの」 でも正直、軽さなんて感じなかった。しかし、軽く聞き流したい。「そっちこそ、軽く聞き流してるでしょ」 心の内を読むかの如く、彼女は僕の気持ちを言い当てる。そんな指摘をされ、彼女は本気で言っているかもしれないと、一瞬だけそう思ってしまった。「だから、今日一日はずっと一緒にいてよ」 表面は明るく繕い心の中には重さを隠す、少女だった。 **第一章** 「私と×××××くんが出逢ったのって、──」 しばらく経って、彼女は再び話を切り出した。「──入学式の時、だよね? この高校って迷路みたいだったから、私、迷っちゃって。その時にあなたと巡り逢って」 記憶が甦ってくる。確かに、どこかで聞いたような、作り話のような出逢い方だった。「それで、クラスが同じだから一緒に戻ろうって言われたけど、結局二人で迷っちゃったね」「ああ」 見栄を張って言ったものの真っ直ぐ教室には帰れず、恥ずかしかった。「そうだ、あの時の場所に行こうよ」 目を輝かせて、彼女は言う。けど僕にはどこのことを言っているか判らない。なので「あの場所?」と聞き返す。「ほら、偶然辿り着いたあの場所。落ち葉に溢れてるけど異様に落ち着ける、あの場所だよ?」「ああ、あそこか」 やっと思い出せた。特別教室棟西側にある、非常階段のことを言っている。「……行こう。今すぐ行こう」「う、うん」 そして僕は、教室から彼女を連れ出した。    *** 「やっぱり懐かしいね、ここ」 下に降りても柵があって通り抜けできないので、こんな所に来る人は滅多にいない。特別教室棟西側、一・二階の間にある非常階段の踊り場に俺達はいた。「あの時なんで、こんな所まで来たんだろうね。全然教室から遠いじゃない。何か、アホらしいな」「何かに、惹かれたかもな」「かもね。──でも、ちょっと寒いな……」 そう言って、彼女は僕の左腕に抱き着いてくる。腕に何やら柔らかいものが当たってドキッとするが、「うん、これであったかい」と無邪気に言っていたので、気にしないことにした。そして、彼女は突然歌い出す。「♪~ うさぎ追いし かの山 小ぶな釣りし かの川 夢は今も 巡りて 忘れがたき ふるさと ~♪」 小学校の時に習ったことのある、「ふるさと」という曲。日本を代表する歌を挙げるとしたら五本の指に入る程の有名曲だが、何故ここで歌うのかが判らない。「赤く染まった夕方の空、遠くから聞こえてくる『ふるさと』のメロディー。この組み合わせが好きなんだ」 嬉しそうに彼女は言う。確かに、視界を覆う木の枝の葉のその隙間からは、赤い光が射してきていた。    *** 「もうそろそろ、帰ろうか」 僕が提案すると、彼女は静かに「うん」と頷いた。それでも左腕は離してくれない。まあ誰かに見られるといった心配もない時間だったので、そのまま教室に戻った。教室に戻って、やっと彼女は腕を離してくれた。 帰り支度をしている間はお互い無言。先に終わらせたのは僕の方。少し間があって彼女が支度を終えると、「寒いから」と言い訳のように呟いて、さっきのように抱き着いてきた。これで帰るとなると、さすがに周りの視線を耐え抜く根性はない、そう思っていた。けど実際にその状況になるとそんなの関係ない。愛しいと思うことが出来れば、周りなんてどうだっていい。 学校を出て、駅まで続く坂を下る。彼女が行きたいと言ったのは、駅前にあるデパートだった。そこの屋上に、映画館がある。ブームからは少し外れた作品を一本観て、僕達は外へと出た。 辺りはすでに夜。デパートの看板を照らす照明でこの場所自体は比較的明るかったが、屋上から見える景色は黒の背景に白い点をたくさん落としたような、満天の空を地上に持ってきたような、そんな夜景だった。僕は単純にきれいだなと思うが、彼女はどこか悲しそうな表情をしている。「何か、思うことがあるのか?」「……うん、ちょっとね」 彼女は一度目を閉じ、そして少し上を見上げながら語り始める。「近くから見る電灯の光ってとても明るいけど、こうして遠くから見ると小さな光が集まって、それでもまだ、明るいとは言えない。不思議だよね。──人間も、そうなのかな。いくら輝いてる人だって、群衆に紛れてしまえばただ一人の人間。死んでしまえば、芸能人や社長だったら少しは豪華だけど、普通にお葬式やって、火葬したら同じような骨の塊になって、他愛のないデザインのお墓が幾つも並ぶ中に埋められる。……人間の価値って、何だろうね」 そして彼女の目に、一筋の涙。その筋は二つ、三つと多くなっていき、やがて頬全体を濡らす。「……やだな、私。こんなに取り乱しちゃって」 その姿を見て、自然に言葉が出てきた。「──確か、今日一日ずっと一緒にいてって言ったよな?」「……うん」 彼女は不思議そうな目で、僕を見る。「なら本当に、午前〇時まで一緒に居ないか?」「……えっ」 その大胆さに、自分でも驚いた。けど今、彼女を独りにしたくない。その想いがはっきりと、心の中で主張している。「そんな、悪いよ……」「自分がそう思ったから、そうしたいから、提案したんだ」「……明日の授業は?」「大丈夫、学校に置いてある教科ばかりだから」「……うん、じゃあえっと……」 戸惑いつつも彼女は、尋ねてくる。「私の家に、泊まらない?」

思いつき。

「ねぇ、今度ここで競走しない?」 耳を疑った。「……どこで?」「ここで! マラソン大会があるんだってさ」「……へぇー」 名古屋駅桜通口(東口)から四方へ広がる大地下街の一角、とある喫茶店で休憩を取っていた時。僕の幼馴染みである黒川 なしろは巨大スイーツを食べ終わるなりこの話をし 始めた。 別に、マラソン大会があることを知らなかった訳ではない。この喫茶店の入り口をはじめとして至る所にポスターが貼ってあるし、テレビのニュース番組で名古屋市長が「名古 屋といえば地下街だがや。地下街で何かやろまい」と言っていた。その時の構想は駅伝大会で、「名駅で駅伝」と可能不可能を考えず盛り上がっていた覚えもあるが。「コウくんも中学の時、足速かったでしょ?」「いやいや、五十メートルとマラソンじゃ雲泥の差だよ」 ちなみに僕は、日比野 航という。市内の某公立高校に通う一年生で、それはなしろも同じ。だが学力には格段の差があって、何故なしろはもっと高いレベルの学校へ行かな かったか不思議でならない。今日は土曜日ということで学校は休み、なしろの買い物に付き合わされたのだ。曰く「女の子一人じゃ入りにくい店もあるし、買う物も多いから荷物 持ちが必要でしょ?」だそう。まだ何も買ってはいないが。「勝った方が何でも言うことを──じゃなくて、負けた方が勝った方の言うことを何でも聞く! 不戦勝もありってことで」 それは、参加を強制しているってことだよな? 過去にも同じ条件で勝負して負け、女装してなしろの家に行くというえげつないことをさせられた覚えがある。おまけになしろ の母親から「あら、可愛いお友達ね」と言われ、二重にへこんだ。 なしろはどこからかチラシと参加用紙を持ってくる。「第一回・なごや地下街ミニマラソン」と大きく書かれており、よく見るといくつかのコースに分かれているようだ。名駅 コースが三キロで栄コースが一・八キロ、伏見コースが四百メートルといった感じ。日時は一ヶ月後の土曜日深夜、二十四時から二十六時までの間にスタート。定員はそれぞれ百 二十人。「どのコースにするんだ?」「もちろん、一番長いのに決まってるじゃない!」 相変わらず負けず嫌いだな、と思いながら僕はコース説明に目を落とす。「えっとコースは──ミッドランド・スクエアからスタートしてミヤコ地下街に向かい、そこからサンロード。ユニモールをぐるっと回って階段を降り、桜通線改札外コンコース を経由しファッションワンか」「さらにエスカから地上へ出て、JR中央コンコースを走り抜ける、その爽快感! 桜通口で再び地下に潜って最後は照明の演出が素敵なルーセントアベニュー、ゴールはルーセ ントタワー。ほら、想像しただけでも楽しそうでしょ!」 なしろが嬉しそうに言う。「……まあ、貴重な経験には」 ところで、名古屋人以外にもこの説明で通じるのだろうか。いや、名古屋人でさえ解らない人にはさっぱり解らないはず。簡単にまとめれば、同じ所を通らずに距離を長く取れ るルートだってことだ。「それよりこんな深夜の大会、親が許可してくれるか?」「それを突破せずに、マラソンで優勝できると思う?」 僕だけでなく、皆に勝つつもりらしい。目標が高いこと高いこと。「そうと決まったらすぐに申し込んで、それからコースの下見!」 買い物はいいのか、とは聞かない。    ***  まあ途中でコースを外れ買い物もした訳だが(アニメショップの女性向けコーナーに長時間滞在させられ視線が痛かったのはスルーする方向で)、実際歩いてみるとかなり階段 は多い。同じ平面上にあると思い込んでいたサンロード・ユニモールの各地下街間にも段差があったりした。こんな所でマラソンなんかやって、事故が起こる可能性を考慮してい ないのだろうか。まあ、理屈抜きの思いつきでなければこんな大会は行われないだろうけど。 大会までの期間はなしろに付き合わされ、毎日学校から駅の間、そして自宅の最寄り駅からは遠回りし川沿いを走り込む。「でも何で、僕も練習に巻き込むんだ?」「勝負はイーブンじゃなきゃ、楽しくないじゃない!」 汗でセーラー服をベトベトにしながら、なしろは満面の笑顔で言う。勝ちたいんだか、それても勝たせたいんだか。 そして当日。 出場者は二十一時集合、場所は閉店後のミッドランド・スクエアの商業スペース。こんなに早い時間なのは混雑を避けるためともう一つ、出走順(競馬でも自動車レースでもな いが)を抽選で決めるため。事故防止の観点からスタートは十人ずつ、十分間隔で行う変則的なルールだ。その結果なしろとは別の組になって「タイムで勝負よ!」という方法に 変更。記録は運営側が取り各々に記録証が渡されるからちょうどいい。 荷物は各自でゼッケン番号が入った札を付けた後、大会事務局によってゴール地点の休憩スペースへ運ばれていった。それからしばらく経ちなしろのスタート直前、「髪、後ろで結んだんだ」 いつもは黒くて長い髪をそのまま流しているなしろの、ポニーテール姿を目撃した。「うん、スポーツ少女みたいでしょ」「まあ、な」 少し動いただけでも揺れ、気になることこの上ないが。「負けないわよ?」「もちろん、こちらこそ」 先になしろの方がスタート。二組遅れて僕の番。 スタート位置につくと、テレビカメラがやたらと目に入る。地元のテレビ局がマルチ放送技術を活用し各コースを生中継しているのだ。系列のBSでも放送しているらしいか ら、一応は全国中継でもある。 時間になり、「パン」とピストルの音が鳴らされる。同時に、反射的に足が動き出す。同じ組になった中年のおじさん達をスタート直後から引き離した。至る所至る所にカメラ があるので、素材として使われているかもしれないが、それが嫌という感情よりはなしろに勝ちたいという気持ちの方が優に上。早々にへばりかけていた前の組の面々をユニモー ルで抜かし、彼女の組はJR中央コンコースの辺りで見えてきた。そのまま追い抜いて驚かせようと思ったが、そこに頭で後ろ髪が揺れる少女はいない。(リタイア──いや、僕と一緒か) もっと前を走っているに違いない。僕はペースを上げてその集団の中を通過した。 しかしなしろの姿は最後まで見えず、ゴールのルーセントタワーへ到着。完走者の休憩所に向かうと「あ、おつかれコウくん」 なしろは汗をたっぷりかいて、タオルにくるまりながらも笑顔で僕を迎えた。まあそうだとは思ったさ。「なしろの組まで追いついたけどいないから、びっくりしたぞ?」「私は、三つ前まで抜かしたよ」「……がんばったな」 さすが、負けず嫌い。「目指せ優勝だもん。──コウくん、覚悟しておいてね?」 何でも言うことを聞く、か。とんでもない約束をしたものだ(拒否権も与えられなかったが)。 マスコミ的には日付が切り替わる午前五時頃になって、結果が出揃った。そして優勝者が発表される。「優勝は、名古屋市港区の吉田 茂春さんです。タイムは──」 一番最初の組で走った七十歳の健康おじいちゃんらしい。あまりにも速くてJRコンコースの封鎖が綱渡りだったそうだが。 それぞれの手元にもタイムが記された完走証が配られる。もちろんすることは一つ。「じゃあ『せーの』で言うよ? せーの、」 僕となしろは、ピッタリシンクロした。つまり同じタイム。「引き分けか?」「そうみたい、だね」 追い抜いた人数の差は、その面子のスピードに差があっただけのようだ。「それで、引き分けの場合は?」「……お互いが、お互いに言うことを聞く。あ、一方の命令を打ち消すようなのはなしだよ?」 うわ、先回りされたか。しかしそれ以外になると簡単には……。「私はね……、キスして欲しい」「……はい?」 いったい何を言い出すのか。「だってさ、コウくん以上に魅力を感じる男の子っていないもん」「まさか……そのためだけに」 なしろは顔を真っ赤にしながら、微かに頷く。その仕草はとてつもなく可愛いというか。それが言いたいがためだけにマラソンを走るなんて、どうかしている。でもそんな恋心 は、僕にもちゃんと伝染した。「しょうがないな……。なら一緒の大学に行けるよう、勉強を教えてくれよ」「うん、もちろん。──ずっと一緒だよ」 そしてなしろは僕に抱き付いてきた。「ちょっと、汗でベタベタだけど──」「そんなの、お互い様だよ?」 まあ何処かのお嬢様じゃあるまいし、気にしないか。「……ずっと前から、好きだったんだから」 そう呟きなしろは目を閉じる。柔らかそうな彼女の唇に、自分のそれをそっと重ねた。 そしてその光景は居合わせたテレビカメラでバッチリ写されており、ニュースにも使われたりして全国至る所に流れたらしい。僕となしろは学校中で、いやしばらくの間は会う 人会う人皆から注目されることになってしまった。まあ恋は盲目って言うし、それぐらいのペナルティーなら。    *** 「へぇ、第二回はやらないんだ」 一年後。僕達は例の喫茶店に来ていた。幼馴染みと荷物持ちという不自然な関係ではなく、カレシカノジョというある意味自然な関係になって。「まあ準備とか大変だろうしな。クレームも入っていたみたいだし」 地下鉄の改札はほとんど閉鎖されたし、JRのコンコースでは混雑する中で無理矢理設営したらしい。また距離が短い点や、観客スペースがないことも問題視されたとか。僕達 の件も、多少あるという。「でもそれはそれで、レアな体験だったってことだね」「……そうだな」 幼馴染みに告白されるとは思っていなかったし。「じゃあ行こっか。久々にコースを歩きながら、買い物するよ」「例の店も行くのか?」「もちろん!」「……やれやれ」 たった一回だけの、地下街を使ったミニマラソン。だけど僕となしろにとっては、大切な一回だった。思いつきと思いつきが重なって、僕達の関係が変化したのだから。