お嬢様の不思議

 例の問題児がまた、変なことをしていると連絡を受け、私は朝早くにも関わらず教室に駆けつけることとなった。
 その問題児というのがまた裕福な家庭のお嬢様で、校長などの圧力もあり最終的には容認せざるを得ない場合が多いのだが、一言注意しておかなければ気が済まない。今まで教室のカーテンを全て刺繍入りのものに変えたり、机の配置を衆議院議場のように扇状へと並べたり、教室に生徒全員分のティーセットを取り揃えたり、給食の食材と食器を全て高級なものへと変更させたり、扇風機しかない教室に静音・空気清浄機能付のユニットエアコンを取り付けたり、椅子を布張りの最高級ソファーに変えたり、黒板をサーバ用CPUが入った高性能の電子黒板に取り替えたりなど、様々な問題を起こしてきた。しかもその費用がすべて問題児の家持ちというのが、タチが悪い。生徒達の評判も悪くないが、他のクラスの生徒からはどうしても不満の声が聞こえてくる。誰か、彼女を止めてくれないだろうか。
 今度はどんな問題を起こしてくれたんだ、そうイライラしながら教室に入ると、そこには、

 羊がいた。

 目をこすって再び見る。確かに、羊がいる。
「……×××××さん、これは?」
「執事よ」
「……どう見ても、羊なんだが」
「いえ、執事よ」
 羊を教室に持ち込むと、色々衛生上の問題とか、生徒に危険が及ばないかとか、色々神経質にならなければならないのだろうが、それよりなぜ彼女は羊を執事だと言い切るのだろうか。
「さすがに羊を持ち込むのは──」
「執事よ」
 ふと羊を見ようとして、そこにいたのは、

 確かに執事だった。

 黒髪の若い青年、マンガなどでもおなじみの執事服に身を固めて、跪いている。あれ、ここには羊しかいなかったはずなのだが。
「しかし、執事を持ち──連れてくるのも」
「勉学の支障にはならないはずよ」
「しかし、他の生徒からの目が──」
「気にする必要あるの?」
 少しは気にしてほしい。
「そもそもだな、羊ではなくても──」
 チラッと見ると、執事のいたところには羊がいた。
 二度見する。確かに羊である。一頭の、白い羊毛を身にまとった羊である。
「え、羊、執事?」
「羊をまとった執事よ」
 意味がわからない。
「お嬢様、そろそろ八時半になります」
「そうね、そろそろわたくしの椅子へと座らないとね」
 彼女に声をかけたのは、執事だった。つまりこの執事が羊やら人間やらに変化するのか。納得する、はずがない。
「ひつじのしつじって、どこかにいたでしょ? わたくし、お爺様に頼んで見つけてきてもらったのよ」
 それはどこかの携帯電話会社のキャラクターだったはずで、文字通り二足歩行する羊が執事服をまとっているだけで、こんな不可思議なものではなかった。こんな、物理法則を無視したような妖怪ではないはずだ。
「とにかく、一旦職員室に戻るからそれまでになんとかしておいてくれ」
 職員会議は既に終わってしまったはずで、配布するプリントなども職員室に置いたままである。校長などへの報告もしなければならない。それより、この不思議な場から立ち去りたかった。
 しかし、これに乗じて飼い犬を持ち込む他の生徒が出てこないだろうか。そんな不安を持ちながら私は教室を出た。
 改めて教室に行くと、

 そこには、棺があった。
「……これは」
「見れば判るじゃない」

終わり