事が起こる、前の話。

 調べてみると文芸部は過去存在していたが、現在は部員がおらず休部状態らしい。なので申請はすんなり通ったが、二年生以下をあと二人は入部させるよう条件がつけられた。まあこれは予定通り。あわよくば監視対象そのものを入れることも不可能ではない。一応活動していることを対外的に示すため、夏休み中は下手ながら作品作りに没頭していた。彼も名古屋に戻って来ていたので、ちょくちょく協力してもらいながら。そして、九月になった。
「二年生の転入生って、どういう子か知ってる?」
 結構情報通の友達に、聞いてみた。
「え、佐奈ちゃん、年下狙い?」
「いや、違うけど」
 友達は手帳を取り出し、ページをめくる。
「えっとね、加藤翼くん。東京からの転入生だね。独り暮らしで、久屋大通駅周辺に住んでいるみたい」
「ちょっと待って、どうしてそこまで知ってるの?」
「ふふふ、私の情報網はすげぇんだぜ?」
 一体どういう情報網を得ているのだろう。てか、友達ながら一緒にいるのが恐ろしくなってきた。
「じゃあ、海部セーラちゃんって?」
 彼女の表情が一瞬、曇る。
「……えっと、どうして」
「ほら、私、文芸部を作ったじゃない?」
 ああ、内閣情報局に注目されるような子だから、それなりの事情があるのか。
「そっか、勧誘したいんだね。でも、あの子は無理だと思うよ?」
「無理、かな?」
「あの子、恐ろしいほど頭が切れるから。確かにどこの部活にも所属してないけど、何か理由があるみたいだし」
 さすが、運命を握るといわれる子だ。
 その夜、私はホテルのレストランで彼と会った。その情報を伝えると、彼は頷く。
「そうだな、そういう子だから、難しいんだ」
「どうやったら、近づけるかな」
 彼は下を向いて考え込む。さすがに、一筋縄ではいかないか。
「まあ機会があれば、向こうから近付いてくるだろうよ。あちらもものすごい情報網を持っているらしいし」
「情報網?」
「噂では、俺達の部署なんか比較にならないらしい」
 それは、一個人のものとしては規模がおかしい。
 彼が会計を払い、レストランを出る。出るとそこには壁に寄りかかる、制服を着た女子生徒。私と同じ高校の制服だ。
「下條佐奈さんね。そちらは内閣情報局クロスフィア特命係・武雄良樹、本名は榊原健夫で合ってるわよね?」
 顔には見覚えがあった。彼が見せてくれた学籍簿の顔写真。そうか、この子が海部セーラか。
「そちらは海部セーラさん、で合ってるかな」
 やはり、彼女らしい。そしてこれが、彼女の情報網の力か。機会があれば向こうから近付いてくる、今がその時ということで。
「そうよ、あなた達が頑張って接触しようとしている、ね。クロスフィア研究所とも協力関係かしら」
「さすが、知らない訳はないか」
「『何でもじゃないわ、知ってることだけ』って所かしら?」
 海部さんはニヤ、っと笑う。ふふふ、と彼も微笑む。
「一つだけ知っておくといいわ。そのクロスフィア研究所、全面的に信用しない方がいいわよ」
「言われるまでもなく、そうするよ」
「そうね。彼女達が唱えている説、そのまま信じない方がいいわよ? 彼女達に都合がいいよう、伝えてるだけだから」
「……なるほど、でも君のいうことを全面的に信じることの出来る保証もないからね」
「そうよ。だから、参考程度に教えただけ」
 海部さんは壁に体重をかけるのをやめ、去っていこうとする。
「海部さん、連絡先とか、教えてくれる?」
「止めておいた方がいいわよ? 私の連絡先を知っていることが知られたら、狙ってくる所も多いから。NPAとかね」
「国家安全保障局、か。それはやめといた方がいいな」
 彼が言うなら、諦められた。彼のいうことは正しいはずだから。
「では、また会えたらその時に」
 彼女はそう言って、ここを去っていった。これはまた、厄介なものに関わったかもしれない。だけど彼のためなら、ね。
 この時はまだ、これが世界を巻き込んだ、大きな騒動の始まりということを理解していなかったのだ。その騒動については別の人に語ってもらいたい。私はただ、その始まりだけを。

おわり