世界リポートの日常?

 愛知県某所・えちからちゃんねる運営事務局。ここにはラジオ収録ブースが併設されている。
「今回の『Line戦線異状なし』は──『警察無線』ですね、判りました」
 収録ブースに入りスタッフと打ち合わせをしているのは「さくらの♪世界リポート、ねくすとっ!」のサブパーソナリティ、荒畑百花である。名古屋の大人気ユニット「MS W」に所属する姉を持つ中学三年生であるが、この番組に参加して以来姉よりも人気が出てしまったという不思議な魅力を持つ。
「しかし何故こんなマニアックな話題に?」
 幼さの残る彼女が聞く相手は、黒い三角帽子とマントに身を包んだ人間。放送作家の役割をこなそうと頑張る愛知川香良洲だった。なお、決して怪しい人物ではない。かけてい るメガネは伊達だけど、決して。
「まあ正直、ネタ切れです」
「あっさりと真実を暴露しないで下さいよ……」
 二人が打ち合わせを進める裏で、スタッフはジングルのテストなどを進めている。とは言っても特に効果音などは必要のない番組。放送作家がいつの間にかタイミングを指示し なくなったせいであるが、念のため一応セットはされていた。
「アバンのトークは──え、私達任せですか?」
 事前に配布された簡単な進行メモを見て、百花は驚く。
「うん、ガールズトークはやっぱりキツいよ。あまり深入りできないし」
「まあその辺りはさくら先輩と何とかしますけど……、どんなのになっても文句はなしですよ?」
「大丈夫大丈夫、編集かけるから」
「掲載三日前ですけど……?」
 そこに、
「来たぜ~♪」
 ツイッターでの呟き業務を一時抜け出し、えちからちゃんねる広報の「えちからさん」がやって来た。なお彼女は一時的に暇を持て余しているため参加しており、三月末に「ね くすとっ!」編が終了するまでの期間限定出演である。それ以降は業務の都合で深夜しか空きがないため。百花が中学三年なので労働基準法の規定上時間が合わないのだ。
「あ、香良洲さんがアバンのネタを考えてって」
「そうだな~♪ もうこのスケジュールに文句言っちゃえば~?」
「いいですね、それ。──香良洲さんも文句ないですよね?」
「いや、他の話も……」
 作家側としては、あまり内輪ネタは取り上げたくない所である。
「善処します~♪」
「と、いうことです。先輩が来るまでにある程度内容は固めておかなければなりませんし」
 打ち合わせは今回のテーマ、警察無線に移る。百花の手元には詳細な資料が用意されており、彼女の手でポイントなどがメモされていく。
「えっとまず県内系のと署活系ってのがあって……、あ、部隊活動系ってのもあるんですね」
「あとWIDEね。警察専用の携帯電話のようなもの」
 なおこれについては本番になって皆の頭から抜けていたのだが、打ち合わせの段階では確認している。
「そしてAPR形、SW形、UW形にそれぞれ対応していると。あ、WIDEってのはそれ自体が形式のようなものなんですね?」
「そういうこと」
「『Line』で出てくるのは、『県内系』『部隊活動系』の二つですよね?」
「そういうの、本番に言うのとかどう?」
「あ、いいかも」
 そういうやり取りを交えつつ、打ち合わせは進んでいく。そして本番予定時刻五分前。
「ギリギリでいつもすみません♪」
 MSWの人気一番手、徳重さくらがスタジオに入ってきた。現役の高校一年生であり、スケジュールもかなりハードな状態。しかし笑顔である。
「先輩、とりあえず今までは──」
 百花が簡単に、打ち合わせで決まった内容を伝えていく。あえて一般人に近い彼女を起用したのは、活動で忙しいさくらの負担をこういった形で少しでも軽減する狙いがあっ た。
「──オッケー。じゃあ収録いこっ♪」
「いつも通り途中から使っていくのでその辺りよろしく」
「使えるネタを最後にってことだね♪ 了解っ」
 自然に入っていくようにするため、最初の方は特に内容とは関係の話になることが多い。アバンタイトル部で使われるのは終盤のごく一部である。
「じゃあ何から話そっか?」
「そうですね……そういえばこの前、近所のネコがでんぐり返しをしてました」
「ネコってそんなことするんだ♪」
「いや、たまたまかもしれませんけど」
「どんなネコでしたか~?」
「えっと、普通の三毛だったと思います」
「じゃあ多分メスだね♪」
「そういえば三毛猫は遺伝子の関係で大半がメスなんですよね」
「聞いたことありますよ~♪」
「でオスには繁殖能力がない場合が多かったり。まあ割と有名な話だけど♪」
「イヌだとでんぐり返しするんでしょうか?」
「うーん、まあ超小型犬なら出来そうな感じが」
「ドーベルマンがやったら恐いかも~♪」
「でもチワワとかならいけるよきっと♪」
「一時期ブームになりましたね。確かCMでしたっけ?」
 だんだんと会話は盛り上がってくるが、収録の時間にも限界がある。放送作家がカンペで指示し、百花が話題を持っていく。
「そういえばさくら先輩っていつも大変ですよね」
「そう? まあ慣れちゃったから♪」
「ギリギリで入ってくる予定とかあるんですか?」
「そうだね……確かに多少はあるかも」
「テレビとかですか~?」
「まあ時々。そういえば──」
 そしてここからが、実際の「さくらの♪世界リポート、ねくすとっ! 第21回」で使われた部分である。
「──香良洲さんの予定って正直ギリギリだよね♪」
「まあ押してますからしょうがないですよ。解消する努力もしてますし」
「来週は『増刊号』もあったりしますがね~♪」
「あ、どうするんだろう?」
「色々遣り繰りすれば……」
「ま、多分何とかなる♪」
「それはそれでいいんですかね」
「大丈夫なのです~♪」
 実際に使われたのはここまでであるが、会話は続く。
「その辺りのスケジュールの予定についてどうお思いですか、香良洲さん♪」
 話をいきなり振られ、放送作家役に徹していた香良洲は驚く。
「まあ増刊号もありましたし……今後ゆとりが出てくるんじゃないかと」
 ちなみにそれは事実である。原稿の上がり方が半端ではないスピードになりつつあった。
「え~?」
「まさか、そんなことはありませんよ」
「嘘つき♪」
「……」
 放送作家の言葉が出なくなった所で、一旦収録が切られた。