Five People

**五分後**

 紀行番組の再放送を流していたNHK総合テレビの画面が切り替わる。NHKの全波で特別報道に切り替わったことを知らせるメロディが流れ、臨時ニュースが開始された。しかし見慣れた水色背景の、東京・渋谷の放送センター内のニューススタジオではない。緊張した面持ちのアナウンサーが冷静に、原稿を読み上げる。
「番組の途中ですが、NHK大阪からお伝えします。先ほど、東京都千代田区付近に巨大な生命体が出現しました。体長は十メートル以上と推測されており、日本政府はJーAREATを通じ、JR山手線内部とその外部五キロ圏内に避難命令を発表しました。NHKでは放送センターがこの区域に入ることから非常体制を取り、大阪放送局から情報をお伝えします。なお衛星放送はこの後設備切り替えのため放送を一時休止します。地上波に切り替えてご覧ください」
 通常衛星放送は渋谷・NHK放送センターと埼玉県久喜市にある地球局のどちらかから送出されるが、首都直下地震で放送センターが機能喪失した時の対策として、大阪と福岡の放送局には衛星に電波を送る予備のアップリンク設備がある。今回の事態ではその体制を活用するため、アップリンク設備が稼働するまでは放送センターに最低人員を残して地上波回線を維持し、大阪発で衛星放送が再開されたら名古屋や仙台など拠点局単位で順次、地上波放送を衛星放送からの映像に切り替える手はずになっている。万が一放送センターが設備切替の前にダウンした場合は、拠点局が割り込んでフォローする計画だ。
 またここで、第一種緊急警報放送を開始する合図となる電子符号が音声信号に乗せられる。地域符号は関東全域。ラジオがテレビの音声を使用していることや、この音自体が視聴者に対する警戒喚起になることから、デジタル放送に完全移行し電子符号をテレビ音声に乗せる必要がなくなった今でもNHKは引き続き使用している。
「緊急警報放送です。皇居付近に出現した巨大生命体は現在、進路を西に取っているものと思われます。これは新宿駅、東京都庁の方向です。避難命令区域にいる方は早く逃げてください。出来るだけ早く、避難してください。避難命令区域は山手線の内側及び五キロ圏内です」
 放送センターの取材能力は横浜・さいたま・千葉の各放送局と埼玉県川口市のNHKアーカイブスに分散配置されることが決定され、機材と人員の移動が既に開始されている。
「日本政府からの情報です。自衛隊に防衛出動及び国民保護出動命令が下されました。繰り返します、自衛隊に出動命令が下されました。そして東京都は巨大生命体が新宿に向かっていることを受け、立川広域防災基地に対策本部を立ち上げることを決定しました」
 これも首都直下地震に準じた体制。東京都立川市には防災拠点が置かれ、政府や東京都の各機関などが臨時に展開できる施設が準備されている。普段は二十三区外の一一〇番通報を受けている警視庁通信指令本部多摩指令センターもここに立地する。立川市は皇居からみて西に位置するのが今回の事態にとってはマイナスだが。
「続いて通信の情報です。現在携帯電話各社は都内及び都内向け発信に六十から九十パーセントの通話規制を行っています。またパケット通信も十から三十パーセントの規制を行っています。交通の情報です。羽田空港では現在、全ての旅客機について離発着を取りやめています。──は、はい」
 アナウンサーの手元にあるスイッチでマイクが切られる。新たな原稿が差し入れられ、簡単に確認すると再びオンに。
「ただいま入ってきた情報です。警視庁によると、霞ヶ関にある通信指令本部からの信号が途切れたままということです。警視庁は避難命令を受け庁舎内から全員が退避していますが、機器の電源が途切れない限り信号は発信され続けるとのこと。なお一一〇番通報の受電は立川市にある多摩指令センターで代行しており、影響はありません」
 警視庁本部は自家発電装置を備えており、外部電源が途切れても最低限の機能は維持されるはずだ。テレビでは明言されないが、警察関係者は「本部が破壊された」と見ている。
「では鉄道の情報です。JR東日本及び私鉄・地下鉄は都内全ての路線について、運転を見合わせています。JR東海によりますと、東海道新幹線は小田原から先の区間について、東京方面への運行を取りやめています。高速道路の情報です。首都高速道路は湾岸線を除く都内の全線が通行止めになっています。東名高速は海老名ジャンクションから東京インター間、──少々お待ちください」
 再び画面外から原稿が入れられる。
「政府からの発表です。巨大生命体は千代田区霞ヶ関付近での出現を確認。体長は百五十メートル程度。進行方向は西。それに伴い、山手線西側について避難指示が追加されました。テレビでは新たに追加された地区を表示しています。新宿区・渋谷区・世田谷区・杉並区・中野区の全域、練馬区の一部、小金井市・国分寺市・府中市全域、西東京市の一部、──」