机上詩同好会(ショートショート版)

〈第4幕〉

 その日の昼休み、教室に担任が来て、俺を呼び出した。連れていかれたのは校長室。そこには校長先生の姿はなく、一組の、中年ぐらいの夫婦と見られる男女が革張りのソファーに座っていた。
「君が、×××××(自分の名前)くんだね?」
 対面のソファーに座らされ、担任が出ていったしばらく後になって、男性が声を発した。俺は頷く。
「私は、×××××(彼女の名前)の父親だ。この度は悲しい目に遭わせてしまって申し訳ない。」
 彼は少し俯きながら話す。隣の、彼女の母親らしき女性は終始俯いたままだ。きっと、娘を失ったどうしようもない悲しみに耐えているのだろう。
「娘は、病気だったんだ。自覚症状のほとんどない、しかも治療法も確立されてない。気づいた時にはもう遅かった。本人にはずっと隠していたんだが……」
「彼女は彼女なりに気づいていたみたいですよ」
 俺は数日前、彼女が言ったことばを思い出す。あの、何気ない一言。最後まで冗談だと思っていたかった、あのことば。
「『私、そろそろ寿命かな』と、数日前言っていたんです」
 彼女の両親はついに泣き崩れた。ずっと、ただ泣き続け、予鈴のチャイムが鳴った。
「……ありがとう、×××××くん」
 彼女の父親がそっと顔を上げた。そして、床に置いてあった黒のスーツケースからハガキくらいの大きさの、四角い洋封筒を取り出す。
「最期に、娘は君にこれを渡してほしい、必ずすぐに渡してほしいと言っていた。だから、家に帰ってからでいいから、読んで、ほし───」
もう限界のようだった。俺は手紙を受け取り教室に戻る。けれども授業に集中できるはずもなく、いつの間にか終わっていた。考えていたのは彼女の事ばかり。
 授業が終わり、俺は担任に頼み込んで×××××室の鍵を借りた。相変わらず机への落書きが多いこの教室。もちろん、最後に「机上詩同好会」として活動したあの日の、彼女の最後の詩も残っている。

私は、そう私は生かされている
いつ 絶えるか分からない生命いのちだけれども
精一杯がんばって 生きてやる!

私は、そう私はクラリネットを吹く
いつ 吹けなくなるか分からないけども
精一杯がんばって 吹いてやる!

私は、そう私は
今のうちにやりたい事を できるだけたくさん
精一杯がんばって やってやる!

 何かの紙に書き写しておこうとかばんを探り、たまたまあの手紙を取り出した。封筒を開け、中に入っていた便せんを読む。

わたしの言葉、本気にはしてくれなかったと思う。
そうだよね、信じてくれなくて当たり前だよね。
けど、あなたにだから言えたんだよ。
机上詩同好会を作ったのも、最後にあなたと一緒にいたかったから。
きっとこの手紙を読んでいる時には わたしはもう死んでると思うけど
最後に言うよ。わたしはあなたが好きです。
だからわたしのクラリネットの音色を聞いて
いつまでも、覚えていて。

 封筒には一枚のMDも一緒に入っていた。ポータブルのMDプレーヤーにセットして聞くと、
それには彼女のクラリネットの音が入っていた。俺はそれを聞いて、初めて泣いた。ただ泣き、しばらくたって俺は彼女の最後の詩の隣に、書く。

人を失うことは 何故 つらいのだろう
つらくなくても別にいい と
小さい頃 は思っていた
けど今 かけがえのない人を失って
その意味が 分かった気がした。

人を失うとつらい理由 それは
その人を忘れないため

今まで受けた事のなかった、この今の痛み
それは
彼女が好きだった からかもしれない