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エピローグ

「二〇××年度第二次補正予算案は賛成多数で可決されました」
 名古屋市中区三の丸・愛知県議会議事堂。自衛隊出動費用の県負担分や警察の銃弾補充費用も含むことになったため災害復興予算としても異例の規模となった補正予算は、ほぼ全会一致で可決された。自衛隊出動費用(災害派遣費も含む)は関係機関間で協議を進めた結果国が半分・県が三分の一・名古屋市が六分の一を負担することに落ち着いたが、それでもその負担は大きい。
「知事、新たな地域防災計画の骨子が固まりました」
「ああ、今から確認する」
 今回の策定に当たっては従来の「風水害対策」「地震対策」に「巨大生物対策」が加えられることも検討されたが、どのような種がどのような形で襲ってくるか判らないものをマニュアル化することは困難なため、結局は従来の計画に実際の経験を加えた形に留まった。もちろん今回の「巨大ウナギ」対処については報告書・マニュアルの二つの形でまとめられ、参考になるようにされている。検討が加えられた後他の都道府県にも配布される予定だ。
 一方街の被害は地震の揺れや津波に比べると無視できる規模だったため、メディアにも大きくは取り上げられない。しかし巨大ウナギの遺骸の処理に当たっては一悶着あった。名古屋名物がウナギを使うひつまぶしであることから名古屋市長を中心に利用する考えが盛り上がったが、それは衛生面から却下され、結局は海面投棄となった。その地点においても費用を節約するため近くにしたい行政側と環境への影響(特に鉛の影響)を懸念する漁協側とで大いに揉め、愛知県沖の遠州灘となったのは一ヶ月後。その処理が実行されるまではささしまライブ24地区や名古屋港岸壁の仮置き場に放置されたためその腐敗臭は想像を超えるものがあった。処理に当たった自衛官の一部が失神してしまうほどである。そしてその海中投棄は、東海統合運用本部としての最終業務となった。
 中日本電力御前崎原子力発電所は余震による影響を鑑み、原子炉の運転を停めたままである。メディアは巨大ウナギが原発に押し寄せた可能性・それに伴う危険性を粘り強く報道したが、政府・電力会社とも「ごく小さな可能性の問題であり、対策を検討する必要はない」と半ば無視するような形に収まる。一部に構造を無視した暴論が混じっていたのもあるが、政府内では全原発に御前崎原発程度の耐震性を求める論の方がはるかに大きかったのだ。

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「成瀬課長代理、次に予定される警備の計画案ですが」
 愛知県警察本部・警備課室。今回の指揮を執った成瀬 浩警備課長代理は結局昇進も降格もしないままこれまで通りの地位に留まった。勿論その功績は警察庁から引き抜きが検討されたほど大きかったが、上層部の命令を無視した部分もあったからである(無断で指揮本部を移転したのはある意味上層部の命令だったが)。
「解った。──金城、ここなんだが予定がタイト過ぎないか?」
「しかし先方からの要請で、どちらも時間を動かせないと」
「なら事前に検索を徹底しておく必要があるな。警護の方に担当SPを増やす検討をするよう要請」
「しかし他の警護もあるので」
「警視庁や大阪府警から人員を借りてもいい。特に総理担当は警視庁SPの方が無難だ」
「提案してみます」
 現在成瀬が取り組んでいるのは、愛知県体育館で行われる予定の追悼式典に関わる警備。総理をはじめとする政府要人が集まるため名古屋駅西口(太閤通口)や沿道・体育館内などの警備と大規模なものになっている。しかも対策の最前線となった現場の現状視察も併せて行うということで、さらに拍車を掛けていた。
「名古屋全域を封鎖出来れば、手っ取り早いんだけどな」
「そんなこと出来るのは、災害時だけですよ」
「それもそうだな。──よし、三浦、内野、二人ともこちらに来い」
「ええ」
「解りー、ましたー」