机上詩同好会、その後。

第一章

 一年J組教室。このクラスは本日欠席ゼロのはずだが、机は一つ空いている。進学校に分類される公立高校なので無断欠課ではないし、保健室へ行った生徒もいない。これは、ある少女の名残だった。吹奏楽部に所属していたが体調不良で辞めた、長い髪の少女。名前は平川 琴美といった。
 その席を見つつ、ぼんやり考え込む少年。藤田 洸、彼女が作った「机上詩同好会」に所属し、視聴覚教室の机に落書きされた詩を一緒に集め、時には新たな詩を書いていた。
 少女が亡くなって三日もすると置かれていた一輪挿しは無くなり、クラスメイトも存在を忘れつつある。しかし少年ははっきりと覚えていた。後悔、ただそれのみの感情で。
 チャイムが鳴る。二限目・数学Iの授業が終わり、三限目にオーラルコミュニケーションが控えているため生徒達が続々と教室を出ていく。この科目ではクラスを二つに分け、「オーラルコミュニケーション」の授業とグラマー(英文法)の授業を半分ずつ行う。場所は特別教室棟三階西側の二教室。LL教室と、視聴覚教室。
 三限目後半、視聴覚教室。少年はただ、憂鬱だった。少年にとってこの部屋は、後悔の固まり。授業の内容は聞かず、しかしよそごとをする訳でもなく、ただ考え込む。後悔に次ぐ、後悔。少年の頭にはそれしかなかった。

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 時は移り、四月。少年は学年末考査で急激に成績を落としたものの、進級が危ぶまれるラインには引っ掛からず二年生となった。少女の席はどの教室からも無くなり、転入生が代わりに入っていた。
 少女が居た跡が一つ消えたことで、少年の頭の中を覆っていた少女の存在が少しずつ、しかし急速に消えていく。それを恐怖と感じたのはわずかな期間で、その恐怖さえ道連れにして少女に関する記憶は失われていった。二年進級したことで、視聴覚教室での授業も行われなくなった。その二つの要因が、少年から少女の存在を奪い去った。
 だが七月のある日、ピロティー棟三階廊下。帰りのホームルーム後、化学の質問をするため通りかかった少年に、ふと記憶がよみがえる。
──歩いてきた少女。その腕に抱えられた楽譜。先生に呼び止められた自分。手には数学のノート。そして二人がぶつかって──
 少年は、抜けていたものが満たされる感じを覚えた。そして頭の中で響く、木管楽器の音。クラリネット、曲はクラシックではなく、あの「ダンゴダイカゾク」。
「あ……」
 机の上に書かれた詩を集め、評価し、そして新しい詩を書く。「あれ」を始めてしばらくしてから打ち出された、活動内容。活動名は、「机上詩同好会」。メンバーは、二名。
「平川、さん──」
 少年は思い出した。少女と過ごした日々を、少女の言葉を。
──最後に言うよ。私はあなたが好きです。だから私のクラリネットの音色を聴いて、いつまでも、覚えていて──
「平川さんのことを忘れない、忘れたくなかったから辛さを感じてたのに、何で忘れてしまってたんだろう……」
 少年は呟く。そしてそのまま歩き出した。