CP2・第一部

第五章・当日

 田崎管理官の計らいで仮眠室に泊まり、九月十六日がやって来る。午前五時三十分、俺達は特別捜査本部の置かれた浜浦警察署新庁舎一階の会議室にいた。というのは文化祭が開かれる今日の動きについて一応確認するためで、刑事達が慌ただしく動くなか、カナは俺を引き連れて会議室前方中央に座る野並管理官の席へ行き、そのことを尋ねる。
「方針は、昨日のままで変わりありませんか?」
「ああ、通常業務だ」
「では、もし事件が起こった際はどのようにすれば?」
「だから、事件の起こる可能性は低い」
「わたしは、『もし』との仮定で聞いているのですが?」
「事件は起きないと言っているだろう!」
 逆ギレというか、野並管理官はドン、と机を叩き睨め付けるようにしてカナを見た。それでも、カナは怯まない。
「もしもの可能性のために、行動を頭にインプットしておく必要があります」
 俺にとってもそれは正論であり、必要性は理解できるはずだ。野並管理官もそれは薄々感じてはいるのだろう。
「本部の人間ではない者に、口出しされる筋合いはない!」
 全く関係ない理屈でねじ伏せようとしてきた。しかし、カナには通用しない。
「ここ神奈川では今のところ、CPは県警本部に所属していますが」
 揚げ足を取るような発言に、野並管理官は一瞬だけ、目を見開いた。しかしすぐに開き直る。
「まあ、役に立たないことに変わりはないがな」
「役に立たないとは、聞き捨てならないですね」
 その言い様には腹が立ったので俺は口を挟んだ。すると野並管理官は当然、と言いたげな口調で言い放つ。
「言葉通り、だろ? 特にお前なんかこの女に付いていってるだけで、実質何もしてないじゃないか」
「浩和は初心者です!」
 そしてカナもドン、と机を叩き、野並管理官を睨みつけた。カナの怒りのオーラは会議室全体をも包み込み、先ほどまで忙しく動いていた刑事達も立ち止まり、こちらの様子を窺っている。
「し、指揮官に歯向かう気か!」
 野並管理官が動揺したように言うと、カナは冷静さを取り戻し、さらに問いかける。
「そんなつもりはありません。ただ、現場のわたし達を無視しすぎじゃないですか?」
 止まりそうもない二人を止めたのは、昨日も二人を止めていた女性刑事だった。
「今回は野並管理官、あなたが悪いです。しかも相手は女の子、大人げないですよ」
 気まずくなったのか、野並管理官は黙る。カナも無言のまま歩き出し、会議室後方の扉から出て行った。
「ほら、追い掛けなさい」
 そう促され、俺は走ってカナを追い掛ける。

* * *

「カナ、大丈夫か?」
 会議室の外で、カナは俺を待っていた。
「うん……」
 それだけ答え、カナは俯く。そして、

 俺の右肩に顔をうずめてきた。
「──カナ?」
「こんなにもCPの仕事を否定されるなんて……悔しい」
 明らかに、カナは泣いている。悲しそうな素振りを見せてきたことは何回かあったが、実際に涙を流す様子を見るのは俺にとって初めてのことだ。そんな様子は、カナが警察官である以前に一人の中学生、一人の女子生徒であることを思い出させる。
 カナは一旦顔を上げた後、崩れ落ちるように俺の胸元に再び顔をうずめ、声をあげて泣いていた。か細いカナの両手は、しかし俺の体を掴んで離さない。冷静沈着なイメージが吹っ切れたのはもしかしたら、一方的に負担をかけていると思っていた俺の存在が、カナの心の支えになっていたからかもしれない。
 そんなカナを愛おしく思い、俺はカナの頭を軽く抱く。カナの髪は滑らかに、指の隙間を通り抜ける。初めて会った日、風に舞っていたのが納得出来るほど、細い。しかしそれだけ細いのにも関わらず、ねじれることなく真っすぐに、下へと伸びている。不思議だった。こんなに朝早いのに、しっかりと櫛を通しているのだ。そんな時間など、ほとんどなかったと言うのに。
 しばらくして、カナは顔を上げる。下から見上げてくるその姿が、守ってあげたくなるような小動物のイメージだったのは一瞬だけ。すぐにいつもの笑みを取り戻す。
「ありがとね、浩和」
 体を戻し、カナは俺の右腕を引っ張る。目元が少し赤くなっていること以外は、先ほどまでの面影はない。それがカナの長所でもある訳だが。
「この時間だとバスはないから……、どうする?」
 確認するかのようにカナは聞いてきた。
「ないんだったら、誰かに頼んで送ってもらわないとな」
 カナは「よし、合格」と呟くように言う。俺の回答は正解だったらしい。
 カナが向かったのは刑事課。「通常業務」ということにはなっているが、刑事課長の命令で強行犯係と知能犯係は全員泊まり込みになっていると、昨日強行犯係係長を務める吉永刑事から聞いている。その情報が確かならば、部下である俺の母さんもいるはずだ。
「失礼します、鈴木 圭子刑事はいらっしゃいますか?」
 カナが入り口のところで聞くと、一番奥で手が挙がる。カナに引っ張られ、そちらへ向かう。
「おはよう。で今朝は、何の用?」
 母さんは尋ねたが、すぐに事情を察したようで、
「バスがないから、家まで送って欲しいとか?」
 と聞いてくる。カナは頷き、
「出来れば、わたしの家にも寄って欲しいのですが」
 と言う。母さんはさすが刑事、すぐに意味を察した。
「やっぱり女の子だから着替えたいよね。けど私もあまり長く抜けられないから、うーん……」
「なら、シャワーを貸してもらえませんか?」
「うちの?」
「はい」
「そうね、いいわよ。好きに使って?」
「ありがとうございます」
 ふと、母さんが聞く。
「ところで安江さん、両親は?」
「急用で、昨日から三日間出かけているんです」
 確か、田崎管理官にも同じことを話していた気がする。
「なら、心配いらないか。解った、警務課からパトカーの鍵を借りて──すぐに出発するわよ」
 そう言って、母さんは座っていた事務椅子から立ち上がる。
 朝早いこともあって警務課は閉まっていたが、当直室でパトカーの鍵を借りることが出来た。それを持って一旦玄関から外へ出る。建物の裏手に回るとそこには小さな小屋のような建物があり、母さんはそれのドアを開ける。すると地下へと降りる階段があった。
「屋内から直接地下の駐車場に入れないのは不便よね。しかも狭いから、停められるのは覆面くらい。交通課とか、ボディーがすぐ傷むっていつも言ってるわ」
「じゃあ今度、それとなく地域部長に伝えておきますね」
 軽いノリで、カナは請け合った。母さんも母さんで、
「じゃあお願い」
 と、冗談交じりのような感がある。
 階段を降りると、母さんの言葉通りそこには覆面パトカーが並ぶスペースとなっていた。古い建築だからか、全体的に照明が少なく、暗い。そんな中でも母さんは鍵に付いているプレートを頼りに、一台の車を見つけ出した。シルバーのセダン型で、室内のミラーが二つ並んでいる以外は普通の乗用車に見える。
 カナと俺が後部座席へと座ると、母さんはエンジンを掛けた。
「ちゃんとシートベルトは締めてね」
 その一言の直後、母さんは思い切りアクセルを踏み込む。いわゆる急発進。
「ちょ、ちょっと、危ないです!」
 カナが悲鳴のように叫ぶが、
「これくらいしないと坂を上れないの!」
 と、これが常識であるかのような発言。それにはカナも黙る。
 時折後輪が滑るような音を立てながら、しかし確実に直角カーブを曲がっていく。スタントさまがらの荒技。そして目の前に見えたのは、──壁のようにそびえる急な上り坂。スピードを出さないと上れない訳だ。スピードメータを覗くと時速八十キロメートルを指している。こんな狭い駐車場でこのスピードは、一つのミスが命取りだ。
「絶対地域部長に言います!」
 カナが叫ぶように言う。
「舌噛むわよ?」
 車体は坂へと差し掛かり、勢いよく駆け上がる。そのまま坂を上り終わると、

 車体が宙に浮いた。続いて、サスペンションが受け止めきれなかった着地の衝撃が襲う。しかも着地と同時に母さんはブレーキペダルを踏み込み、ハンドルを大きく回転させたので様々な方向から引っ張られる。
「運転技術大会で、浜浦署が|自動車警ら隊《じらたい》を抑え万年首位な訳ね……」
「そうね、日々の活動と比べたら競技なんて簡単なものよ」
 カナの情報は、果たしてどこから仕入れているのやら。
 公道は当然法定速度で走り、カナの道案内で一旦、カナの家に寄る。坂道に面する、比較的新しい住宅地区。
「カナちゃんって、すごく警察官って感じね。交通課でキャピキャピしてる集団より、よっぽど警察官らしいかも」
「まあ、カナは別格だよ」
「浩和は、まだまだね。でもあの子に付いていけば、大分様になるんじゃない?」
 現役刑事にも、カナは認められている。まあ、ひいき目も多少はあるかもしれないが。
 五分もするとカナはカバンを持って戻ってきた。俺の家にはもちろん道案内なしで着き、玄関の前で下ろしてもらう。
「じゃあ、朝食はよろしくね」
 そういうと母さんは車を発進させた。当然、ゆっくりとだが。
「あれ、お父さんは?」
「今日は出張で大阪だから、朝早くに出て行くって聞いてる」
「じゃあ、今は二人きり?」
「妹がいるけど。何で?」
 カナは俯いてブツブツと呟いた後、
「朝食、わたしが作ろうか?」
 と提案してきた。
「ま、まあ……作ってくれるなら」
 俺も簡単な料理くらいなら作れるのだが、カナが作ってくれると言うのならそれはそれでありがたかった。
「じゃあ、先にシャワー借りるね」
「どうぞ」
 そして玄関の鍵を開けようとして一歩踏み出した、その時。
「あ、浩和と──カナちゃん!?」
 飼い犬の散歩中だったミキと、ばったり出くわしたのだった。

* * *

 飼い犬の散歩を終えた後、ミキも結局俺の家に上がり込んできた。カナは何故か残念そうな顔をしていたが、そのことを聞こうとすると、
「べ、別にそんな風には思ってないんだから……」
 と、変な拒絶をされた。
 カナが有り合わせの食材で作ってくれた朝食は、ベーコンエッグに野菜を付け合わせたもの、味噌汁、それに白いご飯だった。カナは「いつもの味噌がない!」と探していたが、まあそれは食文化の微妙な違いだろう。俺達の家族は全員神奈川育ちなので仕方がない。
「あれ、お兄ちゃん、帰ってたんだ。ごはん?」
 そこに、妹が自分の部屋から起きてやって来た。
「ああ、朝ご飯」
 妹はカナとミキの姿を見て、確認する。
「うんと、ミキちゃんと、この子は?」
「安江 香奈よ。よろしくね」
 カナは妹に右手を差し出し、寝ぼけた様子の妹と握手した。
 俺とカナ、妹と食卓を囲み、「いただきます」と手を合わせた後箸を付け始める。ミキは自分の家で食べてきたとのことで、彼女の分は用意されていないが一緒に座っていた。
「おいしい?」
 カナは俺の顔をじっと見つめ、聞いてくる。
「もちろん」
 その一言で、カナはぱっと向日葵の花が咲いたかのように満面の笑顔を見せた。
「よかった!」
 声を通じても、その嬉しさが伝わってくる。たった一言でこんなに喜んでもらえると、見てるこっちまで幸せに感じてくるほどだ。だが、
「新婚さんみたいな会話だね?」
 ミキの一言でカナは一転、真っ赤になって無言になる。
「お兄ちゃんの作ったのじゃないからおいしくない」
 空気を読まずに言い放ったのは妹。何とまあ、微妙な気分。俺の作った方が好きというのは有り難いのだが、ここでいうことではないかと。
「でも、これもおいしいだろ?」
「全然。お兄ちゃんの味噌汁だったらえのきなんて入ってない。代わりにニンジンが入ってる」
 それはまあ、そうなのだが。
「じゃあ私が今度、妹ちゃんに満足いく朝ご飯、作ってあげるね」
「それは遠慮しておく」
 即座に返した。
「なんでー!」
 昔食べさせられたミキの料理といったら、丸焦げトーストに丸焦げホットケーキ。目玉焼きや野菜炒めまでならまだ解るが、炊飯器で炊いたご飯まで丸焦げになっていた時には、むしろその謎能力がすばらしいと思った程だ。ミキの母いわく「料理が出来るお婿さんが欲しい」とのこと。ただミキは「本気を出せばちゃんと出来る」と言い張っている。
「妹ちゃんは食べてくれるよね?」
「絶対嫌」
「二人はどうして、美希ちゃんの料理を食べたくないの?」
「それはだな、──」
 不思議そうな顔をしているカナに理由を説明すると納得したように、
「……それは重症ね」
 と呟く。
「カナちゃんも意地悪!」
 意地悪と言われたって、それは仕方がない。
 ご飯を食べ終わると、カナは着替えるからとミキを連れて洗面所の方へ。その際、
「あ、忘れてたけど今日は冬服ね」
 と言う。どうして、と聞くと、
「袖にマイク、仕込むから」
 とだけ告げ行ってしまう。しょうがない、クローゼットから引っ張り出すとするか。
 自分の部屋で着替えを済ましてから戻ると、既にカナ達は戻っていた。カナは俺に、
「ちょっと我慢してて」
 と言い、学生服の第一から第三あたりのボタンを開けていく。そしてコードらしきものを手に取ると、左手を俺の懐へ潜り込ませた。
「え!?」
 戸惑う俺には構わず、カナの左手が左袖へと入っていく。同時に袖口からはカナの右手が入っていき、ひじの辺りでその手が交差する。袖口から抜けた右手に持っていたのは、ポータブルプレーヤーのものに似た有線リモコン。カナはそれを中に着ているカッターシャツの袖に付け、肘の辺りでもコードを固定しているようだった。左手を抜くとカナは
「これでよし」
 と言い、インナーホンを俺の左耳に、もう一方の先を学生服のポケットに入れていた捜査情報端末に差し込んだ後、ボタンを閉めた。
「もう少しそのままで」
 それから俺の捜査情報端末を操作し、何やら設定している様子。設定が終わると端末を戻し、カナは説明をしてくれる。
「基本は捜査センター無線の待ち受けモードで、一番のボタンを一回押すと県内系の無線が聞ける。もう一回押すとオフね。二番は応答ボタン。押している間だけマイクがオンになるの。マイクはリモコンに付いているわ。三番はわたし、四番を押すと田崎管理官とつながるように設定してあるからね。リモコンを使う時は袖口から引っ張り出せるし、戻すのは袖口に付ければ自然にコードが中に引き込まれる。それくらいかな」
 確認すると、確かにリモコンにはボタンが付いていて、試しに①と番号が付いたものを押すと
『自ら九〇より神奈川本部』
 といったような声が聞こえてくる。しかし、リモコンにはもう一つ、ボタンがあった。
「この、五番というのは?」
「これは、うん、使わない」
 カナはただそれだけ答え、
「そろそろ行くよ?」
 と俺の腕を引っ張る。時計を見ると、七時五分を回っていた。

* * *

 ミキも制服に着替えるため一旦家に帰った後合流して、三人で学校へと向かう。カナはいつになく真剣な表情。俺もミキも話しかけられず無言のまま学校に着いてしまい、東昇降口でミキと別れた。西の昇降口で上履きに履き替えた後教室に荷物を置き、スーツケースだけを持って田崎管理官のいる会議室へ。
「万が一の際はよろしくお願いします」
 カナは田崎管理官に対し、深々と礼をした。そんな様子に、田崎管理官も少々困惑している。
「安江さん、何かあった?」
 田崎管理官は率直に聞くがカナは、
「いえ、別になにもありませんが?」
 極めて冷静に答えるだけ。
「ならいいんだが……。もしかしたら、殉職すら覚悟しているのかと」
「命あってのこの仕事ですから」
 きっぱりと、カナは言う。
「では失礼します」
 俺の腕を取り、会議室を出て行こうとする。俺は抵抗することなく付いていく。俺は何となく感じた。何か、ごまかそうとしている態度。森岡先輩の忠告が、心に引っかかる。
 会議室を出てしばらくすると、耳に付けたインナーホンから声がする。
『田崎管理官からCP鈴木くん』
 カナが反応していないことからして、俺だけを呼び出しているのだろう。俺は二番のボタンを押しながら
「はい、なんですか」
 と応答する。
『今横に、安江さんはいるか?』
「はい、いますけど」
『なら、後で教えておいてくれ。たった今、野並管理官から私達に撤退命令が出た。何故か、は判らない。まあ、おそらく勘づかれて、裏で動きがあったのだろう。監視カメラの映像は使えるようにしてあるから、万が一の際は捜査情報端末から、自らの判断で使ってくれ』
「了解しました」
『以上、交信終了』
 状況は悪化、と言ってよい。警察官として開始当初から潜入出来るのは俺達だけ、ということになるのだ。
 無線が切れるとほぼ同時に、カナがこちらを振り向き聞く。
「何だったの?」
「田崎管理官達に、撤退命令が出たらしい」
「そう」
 それだけ言って、黙ってしまった。いつものカナなら、理由くらい聞いてきそうなものだが。
「どうして、とか聞かないのか?」
「多分、野並管理官からの命令でしょ。大丈夫、何かあった時は、何とかするから。浩和は心配しなくていい」
 確かに前半は正しいが。
「前にも言ったと思うけど、あまり独りで抱え込むなよ」
「大丈夫、本当に大丈夫だから」
 どうやら何か、秘めた決意をカナは抱えているらしかった。
 時刻が八時半を回ると朝のSTが始まり、担任が今日の進行に関する簡単な確認をする。その後体育館へ。
 今日の文化祭は、体育祭・合唱コンクールと合わせ「センチェリーさくらちょう」の一環として行われる。その最初の行事なので、開会式が開かれるのだ。
 校長の挨拶だったり生徒会長の挨拶だったりがあった後、各クラスの準備活動やPRを紹介したビデオが上映された。その後有志による発表。ジャグリングだったり、目隠しでルービックキューブを解くパフォーマンスだったりと、どちらかといえば隠し芸に近いものが中心だったが。
 そんな開会式もあっという間に終わり、教室に戻って最終準備に入る。開始時刻の九時半に向け、生徒達のテンション、そしてCPとしてのプレッシャーも高まっていく。
『時刻は九時半になりました。発表を開始して下さい』
 女子生徒らしき声がスピーカーを通じて学校中に響き渡り、廊下からは喧噪が聞こえ出す。文化祭、開始である。
 カナは俺を引き連れ教室を出る。さながら、校内版雑踏警戒と言ったところか。人混みをかき分けて進み、東階段まで来る。東階段の所では、魔女的な三角帽子を被った女子生徒達がうろついていた。
「創作小説集『輝石《きせき》』、いかがですかー!」
「『桜梅桃李《おうばいとうり》』もいかがですかー」
「『命華乱舞《めいからんぶ》』もオススメですよー」
 そう呼び掛けながら、冊子らしきものを配っている。その横を通り抜け、二階へ。カナは一般人を中心に一人一人の顔を確認し、重要参考人が紛れていないか、不審者がいないかチェックしているようだった。校舎の西端までたどり着き、折り返そうとした、その時。
『全校に告ぐ。この学校は我々「神代の雫」が占拠した。人質になる意志がないものは速やかに退去せよ』

* * *

 ドスの聞いた男の声がスピーカーから流れ、廊下が静まり返る。一時の沈黙が場を支配した後、怒濤のように生徒・一般客達が出入り口方向へとなだれ込む。カナは俺の腕を掴みつつ、流れを外れ適当な教室へ飛び込んだ。二年五組教室、劇をやっていたらしく窓には黒色のビニール袋が張り付けられており、一時的に退避するには適した環境である。
 カナは左袖からリモコンを取って口元に近づけ、
「CPより各局へ。蛯尾浜中部中で事件発生、種別は立てこもり。一般客、生徒は避難中。犯行グループは『カミヨノシズク』と名乗っていて、放送室、職員室は確実に占拠されている状況」
 俺もリモコンで一番のボタンを押し、無線の指示を聞く。カナは指示を待っている間に警棒を腰に付けるなど、装備を整えていく。
『浜浦特捜よりCPへ。状況了解。至急機捜一を派遣して現地本部を設置する。CPはそれまで時間を稼げ。以上』
 この声はきっと、野並管理官である。続いて、
「神奈川捜査十一、捜査一課《そういち》管理官田崎よりCPへ」
 という交信。カナは少し微笑み、
「CPより捜査十一、どうぞ」
 と返した。
『状況了解、至急引き返す。機器を活用して至急、犯行グループの居場所確認をするのでそれまで待機』
「了解です」
 カナは袖口にリモコンを戻し、スカートのポケットから眼鏡ケースを取り出す。眼鏡をかけるとカナは指示を出す。
「浩和、県内系は一旦切っておいて。電池節約のためにね」
 指示に従い俺は一番のボタンを押し、無線を切った。しばらくすると
『田崎管理官よりCP両名へ』
 捜査センター無線の方で、交信が入ってきた。
『犯行グループは職員室内に三人、北校舎一階廊下に二人、二階と三階に一人ずつ。南校舎では一階に三人、二階に一人、三階に二人。全員マシンガンらしきものを持っているので注意が必要。なお、各教室についてはまだ未確認。全員、口元にバンダナを巻いている』
「CP了解です。北校舎二階の人物は今どこに?」
 カナが尋ねると、
『二年三組の前を西に向かって歩いている』
 と返答。つまり、こちらに向かって歩いてきているということである。
「わたし達は現在、二年三組にいます。カウントダウン、お願いします」
 カナは右手で、腰に付いている伸縮警棒を取り、振り下げて三段階伸ばす。
『五、四、三、二、一、ゼロ』
 それを合図にカナは左手で勢いよくドアを開け、怯んだ犯人が銃を向ける前にその右手を打つ。その痛みで犯人がマシンガンを取り落とした所を狙い、もう一発を首筋へ。完全に戦意を喪失した所で両手を後ろに回し、腰から手錠を取って掛けた。
「九時三十一分、銃刀法違反で現行犯逮捕。二年五組に身柄を留置します」
 カナが左手のリモコンに向かって言うと、
『了解。出来るなら手錠は回収して、紐のようなもので拘束するように』
 田崎管理官が無線で応える。その指示に従って俺は教室を探り、前の戸棚にビニールひもがあるのを発見した。同じ所にはさみも入れてあり、それらをカナの方へと持っていく。カナは被疑者を一旦教室に入れた後に口に巻いていたバンダナを詰め、その後一旦廊下へ戻ってマシンガンを拾い上げ、被疑者へと向ける。被疑者はじっと、カナの方をじっと見ている。
「やはり、これモデルガンね。SATの訓練でMP5は見たことあるけど、それにしては不自然だと思ったわ。あなたが頭を逸らさないのが何よりの証拠だしね」
 カナはそう話しかけた後モデルガンを床に置き、俺からビニールひもとはさみを受け取る。手首に対し八の字状に何重にも巻き付け、仕上げにそのひもを腰に巻き付け縛る。靴を脱がせ、足首も同様にする。その後手錠を外し、腰へと戻す。
 次に、カナは残りのビニールひもを適当な長さへと切っていく。確認されているだけでも十二人、一人一人掛けたらとても手錠は足りなくなってしまう。手首用、足首用と長さを分け、十五人分を作る。
 その作業が終わり俺達はやっと、教室を出た。渡り廊下を通り、南校舎二階へ。監視役が背を向けている隙を見計らって西端の化学室へ飛び込む。理科部の発表が行われていたので鍵は開いている。そこから理科準備室へ抜けるとカナはY字型の試験管を取り、俺に見せてきた。
「それで一体、何をするんだ?」
 俺が聞くとカナはニヤリ、と歯を見せて微笑み、
「簡易爆弾よ」
 とんでもないことを言い出した。
「片方に濃い硫酸、もう片方に少量の水を入れる。前に先生が教えてくれたように、硫酸は水に溶ける時、大量の熱を出すの。それこそ、水が沸騰してしまうくらいにね。水が液体から気体に変わると体積は一〇二四倍、それに加え、薄い硫酸に浸されると水素を発生するマグネシウムを入れて栓をしたら?」
「試験管が、破裂する訳か」
「正解。ゴム栓が吹っ飛ぶか、ガラスが割れる。簡単なスタングレネードね。そちらに注意が逸れた所を、捕まえる」
「違法、ではないのか?」
「銃を持っている相手だし、殺傷能力も高くない。正当防衛の範囲内よ」
 そこまで言うのなら、そうなのだろう。妙に説得力があったので信じることにした。
 カナは「薬品庫」と書かれた金庫のようなものから、「濃硫酸」とラベルが貼られた瓶を取り出し、Y字型の試験管(二また試験管というらしい)十本の片方へと注ぎ入れる。少しドロっとした液体だ。もう片方には白いプラスチック製容器に入っていた「蒸留水」らしき液体を、硫酸に比べると半分位の量まで入れ、そちらに適当な長さに切ったマグネシウムリボンを投入していった。
 その後カナは田崎管理官に連絡を取る。
「CP安江より田崎管理官へ。南校舎の見張りはどこにいますか」
『田崎よりCPへ。コンピューター室前を東に進行中』
 今いる理科準備室から見ると、物理室、会議室、コンピューター室と部屋が並んでいる。距離的には割と近い、といった所か。カナは了解、と無線で伝え、試験管を持ったまま物理室へ。物理室後方、見張りに近い方の扉は内鍵式なので、音があまり立たないよう、そっと開ける。
「さあ、行くわよ」
 カナは試験管一本を残し、残りは壁に立てかける。持ち続けている試験管は、俺が運んできたゴム栓をしっかりつけ、ふたをした。
 引き戸を開けると同時に、カナはブーメランのように回転させながら試験管を床に滑らした。試験管は見張りの靴へと当たり、彼は振り返る。何だろう、といった様子を見せ素手で取ろうとした、その時。
 内圧に耐えきれなくなった二また試験管が破裂し、四方八方へとガラス片が飛び散った。その破片の一部は当然、犯人の顔へも向かう。反射的に腕で顔を守ろうとしたその瞬間を狙って、カナは廊下へと飛び出した。走りながら左手で警棒を振り下ろして伸ばし、見張りの方へと一直線に向かう。だが彼はすぐに立ち直り、カナの方へと持っていたマシンガンを向けた。カナはその正面にいる。危ない、と俺も飛び出そうとした時、カナは跳んだ。左斜め前へと跳んで廊下の壁を蹴り、半回転して右足を犯人の顔面に踵落とし。反作用を使ってそのまま再度飛び上がって後ろへと下がり、犯人と対峙する態勢をカナは取った。反撃に備えて警棒を横に構えるが、犯人は起き上がって来ない。どうやら、顔面直撃が効いたようだ。慎重に、カナはポケットに入れていたビニールひもで手足を縛る。
「手伝って」
 カナは俺を呼んだ。気絶した見張り役を部屋の中に引きずりながら運び、口に巻いていたバンダナは、先ほどと同じように口の中へと押し込まれる。
「あれって、子ども警察官は皆出来るものなのか?」
 ふと、カナに聞く。アクション映画さながらの逮捕劇なんて、自分が出来るようになれるとは考えられない。すると、カナは苦笑いしながら答える。
「あんなこと、普通の警察官でも出来ないわよ。わたしは『あの二人』に教えてもらっただけ」
 あの二人、『伝説の子ども警察官』の二人は何者なのか、ますます解らなくなってきた。

* * *

「じゃあいくよ、三、二、一、今!」
 北校舎一階、西階段前ホール。ここに防火設備の操作盤が設置されており、今カナが押したのは防火扉の動作スイッチ。北校舎の随所に設置された鉄製扉が解放され、廊下が一つの空間から複数の空間へと分割されていく。隠れながら移動する俺達にとっては、その方が条件がよい。扉の向こうも監視カメラの映像である程度把握出来るので、犯人側より格段に有利になったと言える。
『現地本部、田崎よりCP両名へ。職員室にSTSが突入、無事制圧した。なお監視カメラ映像によれば、主犯と思われる男が北校舎三階、三年二組にて人質を取り立てこもっている模様。人質は校長と推定される。CP両名は北校舎三階まで上がった後、待機』
 合わせたかのように事件解決へのプロセス実行と指示を含んだ無線が入ってくる。
「了解!」
 待ってました、と言わんばかりにカナは階段の方へと走り、駆け上る。三階に着くとさっと壁の方へ隠れるようにして寄り、
「田崎管理官、敵側の状況は?」
 左袖を口元に近づけ、無線に話しかける。監視カメラ映像を確かめるための少しの間があった後、田崎管理官からの通信が入る。
『現在、三年二組へと各人が移動中。南館三階の二人は東渡りを使用、一階の三人はSTSが取り押さえた。北館二階の一人がそちらへ向かっている。北館三階にいた見張りは配膳室エレベータに乗り、おそらくは逃亡を図る様子』
 当然、俺達は来るはずの敵に備えた。そして姿が視認出来たその瞬間、カナは俺の腕を引っ張り犯人の方へ向かっていく。相手も気付いたか銃口をこちらへ向けてくるが、ここでカナが投げたのは例の簡易爆弾ではなく、特殊警棒。手首のスナップを生かして投げ付けられたそれは縦に回転しながら目標へ向かい、見事に犯人の顔面を直撃した。ここでカナは俺の腕と持っていたスーツケースを離し、そのまま階段へとダイブ。見張り役に向かって飛び蹴りを食らわし、いとも簡単にやっつけたのである。正直言って、男としての立場が(今のところは)ない。
「で、この被疑者はどこかに置いておくとして、その後はしばらく待機ね。STSの本来業務は交渉なんだから、ややこしいことがなければその班が来ると思う」
 投げ付けた警棒を回収し、手首と足首を縛りながらカナは言う。俺は袖口に付けたリモコンの一番を押し、県内系の警察無線が聞けるようにしておいた。
『神奈川本部より各移動へ。浜浦署管内、蛯尾浜中部中学において立てこもり事案が発生中。管内周辺の各移動は万が一に備え警戒走行せよ』
『神奈川機動四より浜浦対策本部へ。現場到着《げんちゃく》した』
「機動隊が今頃? ──なるほど、SATが」
 カナが呟くように言う。
「サット?」
「SAT──特殊急襲部隊。ダッカ事件を契機に創設され函館空港で初めて公に姿を現した、ハイジャック対応を主とした対テロ特殊部隊のことよ」
 教えてくれるカナの顔は、不安に満ちていた。無線を切り、俺は尋ねる。
「対テロ部隊が来たってことは、有利になったんじゃないのか?」
「警察が一体なら、ね……」
 カナの言葉で、俺は思い出した。偽予告状事件後の、警察庁警備局長の発言。
「指揮権は、刑事部か!」
 捜査指揮を取っているのは捜査第一課・野並管理官。つまり刑事部の人間だ。職員室を制圧したSTS、これも刑事部所管。対する機動隊は警備部の所管である。STSとSAT、二つの特殊部隊が同時に存在している状況で対応をどちらに任せるのか。難しい判断を迫られるなか、果たして決断出来るか。
「どの立場にも属さない人間の介入がなければ、おそらく動かせないわね。上──警察庁は再びSATが殉職する事態を避けようと圧力を掛けてくるだろうから、キャリアでかつ警備部門出身の県警本部長もあてにならないわね。出世街道邁進中だから、余計に」
 カナの出す結論は、何となく俺にも予想できた。
「地域部の俺達が、この状況の突破口になれ、と?」
 カナは頷く。
「野並管理官のことだから、所轄は一切排除してるはず。それも裏目に出たわね」
 再び県内系警察無線のスイッチを入れると、状況はカナの予想通りだった。
『渋谷部隊長、職員室より北館三階へ移動せよ』
『いや、現場にはSATを行かせる。STSは待機』
『待機はSATだ!』
『かまわん、SATが行け!』
『指揮権は刑事部にある!』
 どうやら、野並管理官より上の人間が喧嘩をしているようだ。カナは大きくため息をつき、そして「捜査センター無線」を入れる。
「田崎管理官、CPの突入許可を求めます」
『駄目だ、許可出来ない』
 即座に返答がある。立場上、そう言わざるを得ない事情もあるだろう。しかし、カナは続ける。
「今の状況で、迅速な解決は期待出来ません。去年四月、同様の事案で愛知県警CPが突入し、無事解決していることからも、CPによる対処は不可能ではないと思われますが」
『しかし、今回は規模が違う』
「事案は、同じです」
『だが、なぁ……』
 渋る田崎管理官に対し、未だ混乱状態の県内系無線に対し、カナは呼び掛ける。
「STSとSAT、それかCP。誰が突入するか決めるのは、現場にいない人達なんですか、田崎管理官?」
 喧嘩状態になっていた県内系無線の交信が、ピタリとやむ。皆が皆、田崎管理官の判断を待つ状況になっていた。時間にしたら十秒ほどだろう、しかし長い長い沈黙の後、
捜査第一課管理官・田崎警視は、命令する。
『現地本部・田崎より各局へ。STSは南校舎及び北校舎の一階・二階を完全制圧せよ。なおCPが拘束した被疑者の連行も頼む。SATは三年二組への突入準備を行え。そしてCPは──』
 数秒の間。カナは息をのむ。
『CPは、北校舎三階の東西階段間を制圧。その後可能ならば、三年二組に突入せよ!』
 背筋がしびれるような命令とは、このような命令のことをいうのだろう。カナも小さくガッツポーズを見せた後、金属製の防火扉を押して開ける。
「それは置いといていいから」
 カナは俺が持っている二また試験管を指す。指示通り、その「簡易爆弾」はホール部分の壁に並べ立てかけておいた。
 カナに続いて防火扉の内側に入る。三年二組があるのは東階段の向こうなのですぐ突入、という訳ではないが、もしかしたらカメラの死角に敵が潜んでいるかもしれない。警戒しながら俺達は進む。多目的室、少人数教室、三年五組、三年四組、三年三組、そして生徒議会室。一部屋ごとに扉を開け調べたが、人影はなかった。そして廊下の先に立ちはだかる防火扉。これを開けると東階段前に出るはずだ。
「本部CP・安江より田崎管理官へ。東階段前の状況は」
 カナは捜査センター無線で田崎管理官に確認する。先ほど南校舎にいた二名が移動しているとの報告もあったので、張り込んでないか注意する必要からだろう。田崎管理官の返答は少し経ってから返ってきた。
『田崎より本部CPへ。当該人物はなし。なお廊下や三年一組に姿はなく、全員三年二組に集まっていると思われる』
「三年二組には何人いますか?」
『MP5を持ったのが四人、重要人物としてリストアップした三人、水島副校長、人質としてだろう、校長の姿もある。あと──もう一人、リストにない人物がいる。以上十人だ』
「MP5はモデルガンとして、水島副校長もおそらく誘導役に過ぎないから残る四人が問題ね。拳銃だけなら残念だけど、手に入れられる可能性がある。状況が読めたらすぐにSATへ引き継ぐべきか」
 状況を分析しつつ、カナは捜査センター無線で伝える。
「本部CPより田崎管理官へ。状況によってはSATの即時突入を要請します。特に銃声が聞こえたら、速やかに」
 唐突に浮かんだのは、森岡先輩の言葉。カナの後半のセリフ、それは万が一自分が動けなくなった時──つまり、撃たれた時のことを想定している訳で。
「まさか、カナ──」
 しかし俺が言おうとすると、カナは俺の口を手で塞いできた。少し微笑んで、カナは言う。
「最悪の事態が起きないよう、SATによる対応も準備してるんじゃない。大丈夫、浩和には怪我一つ負わせないし、わたしも死なない。それが、CPとしての絶対条件だもの」
 そして、カナは防火扉を押し開けた。無人の東階段前ホール。普段なら何気なく通り過ぎるような空間が、広く感じる。そして金属の防火扉をもう一枚開けるとそこには、三年二組がある。
「スーツケースは、ここに置いておくわよ」
 カナが緊張したような面持ちで言った。さすがにカナでも、か。カナが置いたすぐ横に、俺も持っていたスーツケースを置く。必要な装備は、体に付けている。
「じゃあ、いくよ。いい?」
「ああ」
 俺達はゆっくりと、薄い金属の板で出来た、しかし実際の重量以上に重い扉を開ける。近くにあった消火器で扉を固定し、先へと進む。警棒を右手に構え、いつ敵が現れてもいいように。

* * *

「警察です。武器を床に置き、速やかに投降して下さい」
 教室前方の入り口から、カナは一応呼び掛ける。しかしそれに対する応答は、MP5の銃口が五つ、こちらに向けられたことだけだった。しかしカナはそれには怯まず、中へと入る。俺も慎重に、だがカナの後に続く。俺達から一番遠い対角線上、教室後方の窓側にいたサングラスの人物が女の声で、言う。
「やめな。モデルガンってことは見抜かれているようだ」
 すると一斉に銃口が下がる。
「ここまで来るとは、かなり優秀なCPのようね。でも想定通りよ。こうでなきゃ、私の、私達の目的は達成出来ない」
「どういう、意味?」
 周りに神経を尖らせつつ、カナは尋ねる。女は聞かれるのを待ってましたとばかりに不気味な笑い声を上げ、それに答えた。
「『|伝説の子ども警察官《レジェンド・CP》』が追ってきた以上、このままじゃ捕まるのは時間の問題になったわ。でも、どうせなら返り討ちにしてあげたいじゃない?」
 カナの表情が、曇る。そう、この女が目論んでいるのはCPという組織の全面解体だろう。それに必要なのは銃弾一個をCPに命中させることだけ。かつて森岡先輩は言った、重傷以上でCPの活動に大きな制約がかかってしまうと。つまり、
「俺達のどちらかを、この場で殺す気か?」
「よくわかっているじゃない?」
 不気味に、女は笑う。カナは無線を使おうと、恐らくSATの突入要請をしようとだろう、左手を口元に近づける素振りをみせるが
「無線を使っている間に、撃つかもよ?」
 女は拳銃を素早く取り出し、カナに向ける。それを見て、カナは動作を止めた。
「言っておくけど、私は一発で仕留めるわ。助けが来ないうちに殺さなきゃ、やりにくいもの。でしょ?」
 カナは表情を変えない。内心、悔しいかもしれないがそれは出さずに。俺の腕をしっかりと掴み、ただ淡々と、女に向き合う。
「刑法第二〇一条・殺人予備罪と銃刀法違反であなたを逮捕します」
「一九九条の殺人罪もじゃない? 今からだけど」
 女が茶化すと、カナは首を横に振る。
「誰も殺させない」
「どうかしら?」
 水島副校長を含む残りの五人が、銃口をこちらに向けてきた。左へとゆっくり移動すると、彼らも一定の距離を保つように移動する。
 その瞬間、俺の腕を離しカナは駆け出した。右に回り込んで一番右にいた眼鏡姿の男の拳銃を警棒で弾き跳ばす。一瞬の早業で怯んだ隙を狙い、俺も左から回り込み小太りの男の手を警棒で打った。いとも簡単に、男の手から銃が落ちる。あと二人。そう思った時、突然俺の横を、高速の物体が通り過ぎた。体が止まる。背後で、ガラスの割れる音がする。拳銃を撃ったのは恐らく、口元に髭のある男。
「これで、最後ね」
 ゆっくりと、女が銃口を向けてくる。俺は、動かなかった。逃げなきゃいけないとは解っているのに、まるで別の体のよう。俺、鈴木 浩和はここで、死んでしまうのか。
「バイバイ、幼い勇者さん」
 パン。
 銃弾が女の拳銃から放たれる音がして、しかし俺には当たらなかった。目の前には、

 俺を庇って胸に銃弾を受けた、カナの姿。