崩壊小説

10「理由」

『×××××市の公立高校で、生徒三人が相次いで自殺するという事件があったということが判明しました。そのうち二人は一緒に亡くなったらしく、遺体が発見された部屋からは猛毒の──』
 そのニュースを知って、俺は嫌な予感がしていた。彼とは一週間以上連絡がついていなかった。だからこの自殺した生徒の一人が彼じゃないかと、そんな直感が、あったのだ。
 彼を紹介してくれた友人と、俺は連絡をとる。
「もしもし、俺やけど」
 お互い電話帳に名前は入れてあるはずだ。
『ああ、かかってくるとは思ってたよ。自殺した生徒についてだろ? ああ、あの子だよ』
 その直感が正しかったことを、知った。しかしそれと同時に、またも嫌な予感が頭をかすめた。
「じゃあ他の生徒の名前は判るか?」
『確か──』
 そう言って上がった二人の女子生徒の名前。一人はまったく知らない名前だったが、もう一人には聞き馴染みがあった。当たって欲しくない嫌な予感が、当たってしまった。
「そっか、ありがとな」
『あ、これは広めないでくれよ? 特にネットで広めると大変だから』
「判っとる。じゃあおおきに」
 電話を切り、そして考える。彼女が亡くなってしまった。それは俺に、限り無い虚無感を生み出した。だって俺は、あん子のためにちゃんと定職に就き、あん子が困らんよう大学へ行く資金を稼いでいたんやで? それが無くなってしまったら、何をする気も起こらなかった。
 俺は彼のケータイに電話をかける。遺体が発見された今なら、両親の許に電話機は戻っているはずだ。そして彼の父親は生活安全課の刑事だったはず。彼女の真実を、知って欲しかった。
『はい』
「あ、もしもし、×××××と申します」
 出たのは、男の声。恐らく父親だった。
『あ、息子と交流があったようで。着信履歴に記録が残っていました』
「こちらが助けてもらっていたようなものですよ。それで、今日は、あん子──」
 いつもの癖でそう言ってしまった。言い直して、その直後に気付いた。彼女は彼にとって、息子を奪った張本人である。その名前を出すべきではなかった。その話をしようと思うべきではなかった。そう、後悔した。
「すみません、今言うべきではないですよね」
『いや、あの子のことはこちらも気になっていましたから。だからどうぞ、お聞かせ下さい』
 しかし彼は親切だった。警察官として、知っておきたいというのもあったのだろう。
「実は、あの子を誘拐したんです。その時俺は、リーダーとして。そしてそれが逆に、彼女を助けてしまったんです」
『つまりあなた達が誘拐してしまったおかげで、彼女は殺されずに済んだと』
「少なくとも彼女は、そう理解したと思います。そしてその誘拐に感謝してしまって、そのことを言いませんでした。結果的にアリバイが無くなっても、俺達に罪を被せないように」
 そしてそのせいで、あの子は地に堕ちたのだ。彼女は被害者なのに。弱い立場、だったのに。
「だから彼女のために何かがしたかったんです。そして俺は、大学に行かせてあげたいと思いました。頑張って定職に就き、資金を出してあげよう、そう思ってたんです。だから俺は知り合いを通じて、あなたの息子さんと連絡を取り合うことになりました」
 結果的にそれが、彼の人生を壊してしまった。だから申し訳ない。そう感じてしまった。あの時誘拐をしていなかったらどうなったか。彼女は殺されていただろう。しかし、こんなに苦しまずに済んだのかもしれない。
『それで、彼女のために貯めたお金は、どうするんですか?』
「どこかに寄付しようと思います。俺にとってそのお金は、手に取っちゃいけないものだから」
『なるほど。聞かせて頂いて、ありがとうございます』
 電話を切り、そして痛感した。自分にはもう、働こうという理由がなくなってしまった。でも働かなければ、生活していけない。それならば、と。