崩壊小説

5「ホンネとタテマエ」

 今日もお弁当をヒロちゃんに食べさせることが出来た。うん、あの日以来家事はあまりやってなくて、いつの間にか忘れかけていたけれど、感覚は覚えている。けど火加減は難しい。いつもちょっとだけ焦げてしまう。作り直す時間もないから、他の部分を黒く染め上げるのだ。
 どこかからチャイムの音が聞こえる。つまらない、役に立たない授業が再開される、そんな合図。ヒロちゃんが「ちゃんと受けておけ」というから受けるけど、こんな経歴の私には本来、知識の習得など不必要なものだ。だって、就職など出来ないに決まっている。中学までが義務教育なんだから、生きるための知識はそれまでに手に入るはずだし。
 ヒロちゃんと別れて、教室へ。同じクラスだったら、もっと良かったのに。去年みたいに。
 次は、世界史Aという授業らしい。まあヒロちゃんが言うから授業はちゃんと聞いてるけど、こんな授業を受ける意味があまり解らない。学習指導要領っていう、国の上の方のエリート達が作った教育のガイドラインみたいなものにはこの授業が必修となっている。それは国際理解のため世界の近現代史を学んでおこうという、納得はできる理由からだけど、この学校では古代から進めている。だとすれば、この世界史の知識は役に立つのだろうか。まあ「ホンネとタテマエ」、表向きと裏側という構図の延長線上にあるとは思うけどね。
 でも頑張って勉強しても、大学に行くお金なんてない。高校は何か「無償化」らしくて、それ以前も授業料免除の制度はあったらしいけど、それだからちゃんと通えている。高校までは何が何でも行けって、両親は言ってたから。けど大学となったらかかるお金は段違い。まあ、汚れている私に学問を極めるなんて、出来っこないし。
 のんびり聞いていると、チャイムが鳴る。うん、授業なんてすぐ終わっちゃう。たった一時間で、何を詰め込もうというのだろう。てか詰め込みってのが何かおかしいような。一つ一つ段階を踏んでいくのがいいっていうか。まあそれは、私が裏の社会へ入っていったのと同じ要領になってしまうんだけど。
 あと、もう一時間。次は数学って、周りが噂をしている。うん、数学ね。高校の数学かはともかく、計算ってのは出来ないと渡っていけなかった。
「ねぇ、昨日のドラマ観た?」
 ああ、これは「独りぼっちが可哀想だから一応声をかけてあげる」という、偽善に満ちた自己満足。観てない、といったら、そう、とだけ言って去ってしまった。そもそも「昨日のドラマ」って、どれを指すのか。
 ああ、ヒロちゃんに早く会いたいな。それだけ考えていたら、休み時間はすぐに過ぎてしまうのだ。だから誰も話し掛けて欲しくない。私はもう、ヒロちゃん以外の人間を信じられないのだから。