崩壊小説

6「チャーハン」

「うん、解ってるって。大丈夫、法に触れるようなことはしてないよ」
 毎日掛かってくる電話、その二。こちらは自分の父からだ。彼は彼女に負い目がある、訳ではない。ただ生活安全課の刑事であるだけだ。事情聴取なども担当したらしく「あの子を前向きに変えることは出来ない、しかし踏み止まらせることは出来る」と彼女の家で暮らし始めた初日に掛けてきた電話で、偉そうに言っていた。珍しく、この時期から一緒に住むことに反対しないみたいだ。しかも警察官なのに。
『それならいいんだが……あ、ご飯はちゃんと食べられているか?』
「正直言うと、焦げ焦げで……。まあ作ってくれるものだし、贅沢は言えないかなと」
 さすがに毎日は勘弁して欲しいのだが、むしろ真っ黒なのが手作りの料理だと勘違いしている節もある。誤解が解けるのはいつになるだろうか。
『あの子が家事をしているというだけで驚きだよ。あの時はもう、家にもあまり帰ってないようだったしな』
「その頃のことは知らないけど……そんなにひどかったのなら、今の状況は全然OKってこと?」
『ああ。──無理はするなよ?』
「了解了解」
 電話を切る。父は果たして、どの辺りまで彼女の事情を知っているのだろう。全部知っているかもしれないし、一部しか知らないかもしれない。
 携帯電話を充電器へ置き、彼女を探す。この時間ならご飯を作っているだろう。その推測通り、彼女はキッチンにいた。
「何か手伝う?」
「ん、いいよ今日は。チャーハンだし」
「どんな味付け?」
「んー、イカスミとか使ってみようかなって」
 ……別に、真っ黒が好きな訳ではないんだけど。いつまで続くのだろう。てかイカスミスパゲティは聞いたことあるけど、イカスミチャーハンは一体どんな味になるのだろうか。まあ一応、食べられる範囲だとは思うが。
「あと今度、『ヤミナベ』ってのをやってみようと思うけど、ヒロちゃん、どういうのか知ってる?」
「それ、別にスープが真っ黒とかじゃないから」
「え、そうなの?」
「……普通の料理も作っていいよ? 黒くなくても、キミの料理なら何でもOK」
 危ない危ない、一歩間違えれば致死級の食べ物を出される羽目になっていた。
「で、『ヤミナベ』って何?」
「……闇鍋ってのは、まずテーブルの中央にコンロと鍋をセット。スープが温まったら部屋を暗くして各自持ち寄った材料を入れる。煮込めたら箸で取って口に運んで、何が当たるかスリルを楽しむ、ゲームみたいなものかな」
 さてどこで、彼女はこの知識を得てきたのだろう。コミュニケーション能力が欠けてしまった彼女に、友達はいないはずだ。少ないどころではない。
「じゃあ今度やる?」
「いやいや、普通に食べられればOKだから」
 真っ黒にこだわって、「黒く輝く、生命力がものすごいアイツ」とか入れられたらたまったものじゃない。でも彼女の料理なら……、食べてしまうかも。ああ、自分も色々な意味で病気かもしれない。
「じゃあ今夜は、イカスミチャーハン作るね」
「了解!」
 結局、黒くなるのか。まあいいさ、彼女の作ったものなら。
「具は何がいい? 黒豆?」
 恐ろしいものが出来そうな気がする。結局「イカスミ」「ワカメ」「黒豆」「鯨肉」が入った、ブラックペッパーたっぷりチャーハンが出来上がった。……真っ黒い。
「召し上がれ?」
「……いただきます」
 生きて帰れるだろうか。いや、全部食べ物だけど、何か怖い。