崩壊小説

7「ストーカー」

 その日は突然だった。とは言っても一週間くらい前から変な感じはしてたけど。
「ねぇ、アナタって犯罪者なんだって?」
 そう話し掛けてきたのはクラスの中でも人気のある女子。そしてクラスのリーダー的な雰囲気を持っている人物。私が一番嫌いな人種だけど。
「もしそうだとして、それがどうしたの?」
「そんなのがいたら怖いじゃーん。殺されたらヤバいし」
 つまりこの子は、私が殺人犯という昔の噂を引っ張り出そうとしているらしい。でも私はそんな環境に慣れ過ぎて、それをスルーすることに何の苦もない。残念でした、とでも返してやりたいほどだ。
「彼も可哀想だよねー。こんな犯罪者と一緒に過ごすことを強制されて」
 でも、ヒロちゃんのことを言われるのには慣れていない。
「ヒロちゃんは、好きで私の所にいるの」
「そう? 強制されてんでしょアナタに」
「まさか? 本人に聞いたの?」
「いやいや? だって聞いても口止めされてんでしょ?」
 つまりこれは妄想の産物、「犯罪者と付き合ってるのには何か事情がある」って勝手に想像したということだ。ああ、何て単純なんだろう。友人関係は複雑にしてしまう人達なのに。
「最初には何かあったかもしれないけど、別に私が強制した訳じゃない」
「じゃああるじゃん、彼がアナタと強制的に付き合わされてるのが」
 ああ、彼女は自分の都合で全てを恣意的に解釈している。この状態で何を言っても、彼女の都合のいいように取られてしまう。それは何か、私と彼の関係が汚されるような、そんな感じがした。
「じゃああなたは、何か強制される理由でもあって私に話し掛けたの?」
「別に? でもさ、高校行っても彼以外とは話さないで、それで楽しいわけ?」
「私にはそれだけでいいから」
 友達なんて存在は、とうに信じられなくなってしまった。あの事件がきっかけで。私が殺人なんてしたはずがないと思ってくれるはずの人に、散々裏切られたから。だから高校に入っても友達なんて作る気にならなかった。高校は、最低高校だけは行っておくべきだって今は亡き両親に言われたから、行っているだけ。
「へぇ、暗い人間だね」
「ありがと」
 もちろん、本当に感謝している訳ではない。ただの挨拶だ。
「それだけ?」
「──それだけよ」
 彼女は怒ったような様子で立ち去っていった。自分にとって満足のいかない回答だったからって、それは自分勝手が過ぎると思うんだけど。
 授業が終わった後の帰り道、私はヒロちゃんに聞く。
「ねぇ、×××××ちゃんと何かあった?」
「その子なら一週間前、告白してきたような……」
 そういうことか、とようやく見当が付いた。フラれた腹いせ代わりに、私に絡んできたのだろう。ああ、なんて単純。そして、迷惑な人。
「私とのこと、どこまで言った?」
「え、付き合ってる人がいることまでしか言ってないよ?」
 それは妙だ。それだったら彼女の知らないはずの情報が含まれている。つまり、彼女は私達をストーカーしたという可能性がある。しかもちょうど一週間前から。あの違和感を視線と解釈すれば、説明が付く。
「としたら彼女、」
「ん、何?」
「いや、家に帰ってから話す」
 ここで話したら、彼女に聞かれる可能性がある。家に帰ったところで盗聴器が仕掛けられていたらアウトだが、ここで話すよりはローリスクだ。
「それより、コクられたってことを何で私に報告しないの?」
「いや、何かその……報告するべきか迷ったっていうか、一応プライベートの範疇っていうか、」
「恋愛関係はゴタゴタするかもしれないから、報告するのは当たり前だよ?」
「解った、今度から気をつける。約束する」
 これも、「ヒロちゃんを縛っている」って言うのかな? っていけない。あの女の言動に振り回されてる。それが狙い? 私と彼の関係にそうでもして割り込む、そんなつもりだったのか。考え出すと気持ち悪い。
 家に着くと、とりあえず今は誰も使っていない部屋に。元々は弟の部屋。彼はここで殺されていた。だから私物などは処分してしまって、現在ここには何もない。
「あの子、もしかしたら私達のことをストーカーしたかもよ?」
「……ストーカー?」
 ヒロちゃんは合点がいっていないようだ。
「うん、ストーカー。だって私達が付き合っていること、誰にも言ってないはずだし」
「たまたま見つけた、とかは?」
「だったら一週間前から感じた、あの違和感が説明出来ないもの」
「それなら、キミの言う通りかもね」
 あ、また私は「ヒロちゃんを縛って」しまった。
「……ねぇ、ヒロちゃん。私って、ヒロちゃんに色々強制してる?」
 もう、何も解らない。何がヒロちゃんのためになって、というよりヒロちゃんが快く人生を過ごしていけるかが。
「別に、キミには強制なんてされてないよ? ただ自分が好きで付き合っているだけ」
 やっぱり、ヒロちゃんはそう言ってくれるのか。うん、そうだね。ヒロちゃんだもんね。
「ねぇ、ヒロちゃん、こっち来て」
 そう言って私は、ヒロちゃんの右腕を引っ張った。